読解問題で満点を取るために
頭だけで解き切るには、少し無理があるのではないかというのが、指導経験からくる見立てです。どういうことかと言うと、言葉を記号として受け取っている生徒にとって、短い文章ならまだそれでも乗り切れる場合もありますが、長くなればなるほど、意味を持たない言葉の羅列では、読み終わった時に頭に残らないし、特に最初の方を忘れてしまう。そうすれば、もういまの共通テストであれば、国語も英語も時間切れです。5科目すべて問題文が長文化しているので、全教科に共通して言えることかもしれません。
言葉を記号として受け取るとは、言葉と気持ちが繋がらないことと同じ意味です。それは、日頃から言葉に気持ちを乗せて使えていないことを意味するのではないかと思います。机の上のお勉強だけ一生懸命してきて遊んでこなかった子どもや、家庭での言語環境の乏しい子ども(乏しいとは、自分の気持ちを開いた親子関係が希薄だったなどが考えられます)に、そのような傾向があるように見受けられます。
文章は、読み進めていく中で、英語、国語を問わず知らない単語に出合いますが、前後の文脈の助けを借りて読み切ることが必要です。その場合は、前後に知っている言葉があり、それが経験的に会得した言葉や抽象概念であれば、読解の抵抗感も小さいのではないかと思います。しかし、机の上のお勉強だけで知った言葉は、生活の実感や必要感に乏しいものですから、どうしても気持ちと結びつかない。そうなれば上滑りして、読んでも自分の中に引っ掛かりがない。すぐに逃げていく言葉になってしまいます。
高校生で共通試験の国語と英語で、頭だけで頑張って8割は取れても、あと2割はどうしてもこの領域ではないかと思います。現代評論などは、現代について体系的に見識を深め、自己の生き方やあり方と結び付けさせることで、難解な評論用語にでも気持ちが入るようになります。センスというのは、どの科目にも言えて、国語や英語など、語学の科目のセンスというのは、最後は言葉と気持ちとのつながりを経験的に会得できているかどうかになるように思われます。ですから、OSアカデミアで大事にしたい「気持ち」という科目(入試にはない科目ですが)には、このような観点から大きな意味があると考えています。ぜひ一緒に学びましょう!
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