大学受験を生かすなら
昨日も卒塾生が会いに来てくれました。その後の元気な姿を見せていただけることは、とても嬉しいことです。もはや見守り、応援することしかできませんが、「生きてく言葉を獲得する」というキャッチフレーズを掲げているOSアカデミアからすれば、10代の若者が生きようとする姿から、多くを学ばせてくれます。大学受験を志す生徒の多くは、模擬試験を何度も受け、模擬試験は一人ひとりの出題分野における到達度を測ってくれますが、多くの生徒はそこに明記される偏差値を気にします。結果的に第一志望に合格した/しなかった、このいずれでも、偏差値と生きることとの間には、「それが自分だ」と受け止めること以外に道はありません。さらに昨日は、現在の高校3年生が校外模試の結果を見せてくれました。ありのままの現実を自分で認めることが、どの生徒にとっても、成長の原点となります。
偏差値は、上下の物差しですが、競争意識バリバリに、上を目指すばかりがその活かし方ではありません。自分を知る道具として使って欲しいと思います。受験を志し、経験をしたけれど、学習に向いていないという結論を出すのも一つです。それは、志さず、経験をしなかったよりも、いっそう納得のある結論になるはずです。自分を知り、勉強以外の道に踏み出すきっかけとして受験の意味がある生徒もいます。第一志望に合格することと、自分を生きることの間には、絶対の相関はありません。落ちて気づく自分もあれば、合格して誤魔化せる自分もあります。問題の先延ばしですね。どちらにしても、自分を生きることがすべての人にとっての幸せであり、そこには怒りの感情がありません。わだかまりもありません。全て自分の責任と認め、引き受け、学びに変えることが、自分を生きるに繋がります。
会いに来てくれる卒塾生は、その瞬間の姿しかわかりませんが、やはり目を輝かせ、自分で出した結果を受け入れて生きることに貪欲であれば、それは塾生と講師という関係を超えて、この世の生きる仲間として応援したり、高めあったりしたくなります。高校の3年間は、特に香川県の高校生は中学の診断テストに始まり、上下や優劣の物差しに縛られている生徒が塾には多いように見受けられるので、その意味を自分なりに考え、狭い価値観からの解放を志向し、自分を生きようと試行錯誤する姿に、とても共感できます。その過程で大事なことは、言葉。つまり、気持ちの言語化であり、整理です。そこに筋道を立てて考える論理的な思考が生きてきます。自分を生きたいと渇望する生徒に、OSアカデミアの国語や英語を通した論理的な思考が生きているなら、それに勝る喜びはありません。
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