心の栄養管理 第16話 【親に対する気持ちとその根深さ】
心の栄養管理 第16話
みなさん、こんにちは。
心の栄養管理師、よしみ りかです。
今日は、【親に対する気持ちとその根深さ】についてお話しします。
前回、部屋の整理は選択だとお話ししました。
捨てる捨てない。行動する、行動しない。は。選択です。
ですが、生活していくためには、大人になればなるほど、人間関係が複雑になればなるほど、人や物事が増えれば増えるほど、必要になるものがあります。
それは、その時その時に応じたシステムを作ると言うことです。
例えば、子供がもらってくる学校のお知らせの紙をどう処理するのか?
その場で、携帯に打ち込むとか、カレンダーに書くとか、冷蔵庫に貼って、前の月のものは必要な部分だけ切って今月のものに貼る。とか。
レシートなら、家計簿管理するのか、面倒くさいから自分にあったアプリを使うことにするのか。とか。
人に渡すものを忘れないようにするために、玄関にそれ用の置き場所を作るとか。
その場で処理できる仕組みづくりをする。
そして、これには、物事を体系化する力が必要になってきます。
これが、論理の力でいう、抽象化の力です。
自分がどうしたいのか?どう在りたいのか?自分に続けられる行動はどんなものか?
自分と向き合って答えを出す。
そして、それを、具体的な案にして、行動する。
具体と抽象、抽象と具体を行き来する行為なんです。
そして、この行為を、小さい頃、私たちは親や先生のやり方を見て、具体的な行為(ゴミをゴミ箱に捨てない。靴を脱ぎっぱなしにする。洗濯物を溜める。もしくは逆に、どんなに小さな埃も見逃さずにすぐ掃除する。など)を見て、その抽象である在り方を学びます。
面倒くさいと思ったら、そのまま気になる限界まで放っておけばいい。とか。
いつも同じ失敗を繰り返しても、見返さなくてもいい。とか。
逆に、物事はいつも思い通りにするために臨機応変な対応はしない。
決まりは決まり。例外はない。とか。
そんな在り方を、非言語で学びます。
好きだな。嫌だな。そんな感情も、もちろんありますし、その感情をずっと覚えておけたなら、まだマシで、大抵は感情に慣れ、その行動や経験の背景にある価値観を、嫌悪感と共に(ラッキーな場合は幸福感と共に)無意識に刷り込まれます。
そして、残念なことに、嫌悪している場合は、親と同じようになることを避けたくて違う行動をしても、底にある価値観は表裏一体、親のものと全く同じなんです。
それくらい、生活を共にすることで、親兄弟から受け取るものは、自分が思っているよりずっと根深く、根強く、染み付いているものです。では、それに、自分で気づいていくには、どうしたらいいんでしょうか?
それが、いつもお話ししている「自分の好き嫌い、心地いい心地悪いを知ること」なんです。
習慣化した行為には、大抵、感情が乗っていません。そうしないと気持ち悪いとか、いつもそうしてるからとか、その程度のものです。
これ、好きでしてるのかな?
これ、心地よくてしてる?
と言う問いかけが大切です。
ここで言う、心地よさとは、やらないと気持ち悪いからやると言う心地良さではなくて、心がウキウキしているかどうか?と言う、心地よさです。
これが、好きだなー。っていう、心がホッとする感情が乗った心地よさ。
やりたいからやる。
これって、そのやりたいの背景がポジティブでも、ネガティブでも、使える言葉です。
義務感や罪悪感からの行動も、不安や恐怖からの行動も、それをしないと気持ち悪いからやる。
それをしないといられないから、やる。
つまり、やりたいからやる。行為なんです。
でも、こう言う行動を指摘されると、大抵の人はこう言います。
「やりたくはないよ。でも、仕方ないじゃん。」と。
仕方なくても、やっている以上、自分の選択である。こ
れを、自分の選択に責任を持つ、と言います。自立です。
やりたいことを真っ直ぐやる。
やりたくないことを、やりたくてやる。
この二つは、想いの原点が真逆です。
真逆だからこそ、結果として同じ行動をとっても、それに対する責任感や、結果への反応が違います。
前者は、行為の結果、嫌な現実が起こっても、自分の責任として受け止めます。そして、次に出来ることを考えます。
後者は、嫌なことをしたのに、嫌なことが起こったので、怒ります。理不尽さに。被害者になりきります。
毎日の生活、仕事、雑用、全てにおいて、こうして小さな頃から、身近な人の価値観にさらされて、私たちは成長していきます。
当たり前になっていることこそ、立ち止まって、快適不快をいま一度感じてみることが大切です。
あなたを誘導する親も、批判する教師も、世間から求められる理想像も、一旦忘れて、
【なんでもありなら?何も気にすることがなかったら?】
自分の本音を知りましょう。
本音と現状がかけ離れているなら、その二つを離している信条があります。
では、自分が本当に生きたい信条はなんでしょうか?
信条といっても、難しいことではありません。
何が心地いいと感じるのか?どんな人生を生きたいのか?どんな人で在りたいのか?
それを、一つ一つ、自分で精査する。それが、親も生まれも、全く関係のない自分で生きると言うことなのです。
そこに、それぞれの個性が、それでも存在します。面白いですよね。
親(親はまたその親から受け継いでいます)や世間から受け継いだ価値観を精査することは、時代を振り返り、選択し直すことでもあります。
次回は、これを学習につなぐ話に戻って、【自分の癖との付き合い方】についてお話しします。
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