精神的な成熟とは
生徒を見ていて、この子は、もっと親に甘えたいんだなあと思うことがあります。しかし、もう幼児と同じような甘え方はできない。子は親の鏡とするなら、そのような子どもの親もまた、子に甘えているのだと見ることができます。子どもを自分のコンプレックス解消の手立てとしている親や、自分の思うままに操ろうとしている親などは、その一例で、親子で甘えという相互依存をしているのです。たいていの場合、子が親にやられて、学習どころではない精神状態にあります。
幼児ではないのに、幼児のように甘えたい生徒には、自分で自分を愛することを覚えて欲しいと思います。自分の気持ちを大切にすることです。その前提は、いかに自分がぼんやりと生きているかを知ること。自分が望んでいないけれど、物事の流れでそうしてしまっている状態を、ぼんやりと言います。例えば、親子間で無言のうちに空気を読み、その空気のなかで波風立たないような判断をして生きている状態とも言えます。これを、自分の輪郭がぼんやりとしていると言います。
その空気を破ることは、子どもにとって大仕事のはずです。親に立ち向かっていく勇気が必要だからです。なぜ勇気かと言えば、子は親に衣食住を保障してもらっているからです。つまり、生きていく最低限の安全を失う覚悟が、子にとっての勇気でしょう。その意味で、親は多少の賢さが必要です。権力や暴力(無言も暴力になり得る)で子どもを抑圧しない賢さです。子どもに話を戻すと、子どもはこのような状況を客観的に読み取ることは困難かもしれません。しかし、どのような状況にあっても、自分の気持ちを感じることを大切にしてほしいと思います。
自分は何が好き? 何にわくわくする? 何に怒る? 大切にしている価値観は? 絶対に譲れないことは? どうしたら笑う? 自分に意識を集中させ、自分を知ることを始めて欲しいと思います。それは、自分で自分を愛する一歩になります。そして、自分でできることから満たしていく。論理は他者意識に始まります。たとえ親とて、自分とは別個の人間で、感情的では言いたいことは伝わらない。筋道を立てて伝える必要が論理の芽生えです。それは、甘えからの脱却とも言えます。自立した精神に学習の定着は見られます。OSアカデミアで学びながら、精神的な成熟も目指しましょう。
CONTACT
OSアカデミアへのご相談・お申込はこちらMORE



