いい子、真面目でおとなしい子
誰かのことを気にしたり、ご機嫌を伺ったりする子どもは、成績の伸びに力強さがないように見受けられます。その子どもは、誰かの期待を生きているからです。学習の動機や目的に、自分から溢れる喜びや楽しみ、動機が薄い場合が多い。
そういう子どもを言い換えれば、自分の気持ちを言葉にできない子ども。人に期待されているように感じ、人に期待されているように振る舞うので、本当の自分は死んでいます。幼少期に自分のしたいように振る舞って、意味もわからず抑圧をされた経験が、心の傷として残っているのかもしれません。子どもは我が儘なものですが、それをそのまま受け止めてくれた子どもは、自分の感じ方や行動に確かさが芽生えます。自分軸が形成されるからです。常に人の言いなりになってきた子どもは、自分軸が芽生えず、自分の気持ちがわからず、自分の言葉が持てません。
そんなこと、と思うかもしれませんが、そんなことが精神の成熟の土台となり、私が感じる限りでは10歳あたりからの子どもの成長に大差をもたらしているように見られます。幼少期の経験は過ぎたことなので、これからできることは、自分はこういう風にして育ってきたんだと事実を受け止め、日記をつけるようにいま感じていることを言語化していくことで、感情と言葉を繋いでいくことだと思います。
肩こりは肩こりにあらず。それは精神的な悩みや生き方の問題が肉体的には肩こりとして現れるという言い回しのようですが、成績も成績にあらず。いい子、真面目でおとなしい子ほど、人の期待を自分のことのように大真面目に生きて、しんどそうにしています。学校では真面目なだけに、指導の対象にはなりづらく、先生も見過ごすことの多い存在です。OSアカデミアでは、そういう観点でも子どもを見て取り、言葉の学習、論理の学習でできることを模索しようと考えています。
CONTACT
OSアカデミアへのご相談・お申込はこちらMORE



