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2025.02.15

例えば数学において

中学生の数学に関数があります。最初は比例、反比例ですが、そのうちに一次関数、二次関数となります。この関数を見てると、物事を順序立てて理解しようと思考を組み立てていく力が求められていることがわかります。例えばy=ax+bのaとbを求めさせる問題や、求めた直線の式を2本連立させて交点座標を求めることで、解の得られる問題などです。中学数学における数式とグラフの本質的な関係性が凝縮している単元でもあるように思われます。

 

やること自体は、簡単な計算であることが多いのですが、思考が順番に組み立てられない生徒は、何をしていいのか皆目検討がつかない。それは計算力の問題ではありません。物事を順序立てて考える習慣の問題ではないかと思うようになりました。それは、おそらく幼少期の思考の癖や環境による部分が少なくないと思います。例えば、パズルをやっていて、わからない部分に、無理にピースを当てはめてしまうようなもの。それは視覚的に無理があるとわかりますので、そこで興味を失ってやめることが、思考の放棄なのかもしれません。

 

自分の考えが突然御破産にされるような罵声や暴力は、物事を順序立てて考えることと対極にあります。または、幼少期に経験した親の死というのも、まだ幼い子どもにとっては暴力的に過ぎる出来事だろうと思います。そこまで大きくなくとも、「早くしなさい」という親の声も、順番にやっていこうと思っていた子どもの思考を突然崩壊させるに十分な力を持っているなあと私自身、親として反省します。このような経験が心に刻まれると、物事を一つずつ手順を追って考えていくことに苦痛を覚えたり、馴染めなかったりするのではないでしょうか。しかし、それも子どもの性質によります。自ら乗り越える自立的な性質の子どもと、いつまでも甘えておかないと気の済まない子どもがいます。

 

困難をしなやかに乗り越え精神的に回復力する力を、英語でレジリエンス(resilience)といいます。荒波で横転しそうな船が、船体を真っ直ぐに戻すような力です。先の述べた数学の問題は、反復練習で手順を覚え、順序立てた思考が身につくこともあります。それが、日常生活における思考にも反映されることも期待できます。しかし、それはその子自身の気づきや、甘えの程度にもよります。いつまでも殻に閉じこもって回復を拒否する子どもは、出てくるのが怖いのです。恐怖に寄り添うことはできますが、一歩を踏み出すのは自分自身です。

 

机上のお勉強を見ながら、その子どもの精神を感じ取り、学習を支えるのは精神だと改めて気付かされます。逆にいえば、精神的に安定している子どもは、面白がって物事を吸収し、一つずつ階段を登るステップが軽やかになって、自分の世界を広げる楽しみを感じているように見受けられます。いずれの状態にも良い、悪いはありません。その子が必要な経験をいましているだけです。私たちのできることは、寄り添い、現状をそのまま受け止め、その生徒に合った成長の手立てを考え、提供することです。ぜひ一緒にOSアカデミアで学びましょう。

 

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