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2025.05.21

心の栄養管理 第15話 【心と部屋の関係】

心の栄養管理 第15話

みなさん、こんにちは。

心の栄養管理師、よしみ りかです。

今日は、【心と部屋の関係】についてお話しします。

心と部屋、と聞いて、どう繋がってるの?と感じる方もいらっしゃるかも知れません。

テレビやSNSでも見かけるようになってきた、ゴミ屋敷。

あれを想像してみると、少しわかっていただけると思います。

ゴミ屋敷は究極の形ではありますが、心が疲弊すると部屋や家の状態に、確実に現れてくるのです。

部屋の整理と、心の整理は繋がっています。

なぜなら、物を整理するというのは、物と向き合う行為だからです。

今、自分の部屋や、仕事のデスクにいらっしゃるなら、自分の周りを見渡してみてください。

自分で買ったまだ読んでない本

勉強しなくちゃと思って買った本

人からいいよと借りた本

市役所からのお知らせ

郵便受けに入っていたチラシ

レシート

もらったお菓子に入っていた説明書

旅行した時に買ってきた置き物

誰かが持ってきた資料についていたクリップ

衝動買いした文房具、お菓子

いくつあっても困らないと差してあるボールペン

短くなりすぎてでも捨てられない鉛筆

忘れないように書いたこの間入れたアプリのパスワードのメモ

今度会った時に友達に返す金額のメモ

色んなものがあるはずです。

そして、その一つ一つに、説明はできるはずです。「要るもの」である。と。

では、ここに無いものは何だと思いますか?

私は、きらめきと、秩序。もしくは、清々しさだと感じます。

どう言うことか説明しますね。

物が自分の元に来るには、一つ一つ事情や過去があります。そして、その一つ一つは大したことがなくても、集まると膨大で、自分の関係があると言うこと以外は、関連性がないので、カオスになるんです。どれも、捨てるに捨てれない、判断するには及ばない物で溢れてしまう。

それくらい、判断すると言うのは、慣れていないと人にとっては、とても大きな負担となります。

でも、人生は、起きてから寝るまで、【選択の連続】です。

すぐに捨ててもいいものを、【とりあえず】置いて置くのはなぜでしょうか?

後で読んでから捨てるものを、【とりあえず】読まずに置いておくのはなぜでしょうか?

スティーブ・ジョブズが、選択の機会をなくすために、同じ洋服を何枚も持っていたことや、大企業のCEOがいつも同じお昼ご飯を食べること、などは、聞いたことがあるかも知れません。

私の周りの友人知人を見てもそうですが、責任あるポジションにある人、たくさんの人と関わる仕事をしている人は、選択の決定と行動が、ものすごく早いです。

メールの返信、決め事、決定の期限、条件、そんなものを、その場で提示します。必要な支払いをその場で済まします。

そして、オンとオフの時間がはっきりと分かれています。オフの時間に出したメールには、オンになった時間すぐに返信があります。

それほど、選択を先延ばしにすることのデメリットを理解している、体感しているのだな、と感じます。

つまり、【とりあえず】と言う行為が、ただの先延ばしであり、選択の放棄であるということなのです。

では、どうして、選択を放棄してしまうのでしょう。

多分、そんなに大層な理由はありません。

一つ一つの先延ばしのわけは、

「後ですぐやるから」

「いま面倒臭い」

「疲れたから、ちょっと後で」

「先にやりたいことがあるから後で」

ほんの少しのことなのです。しかし、そのほんの少しの選択の放棄の積み重ねは、確実に、自分の選択力を失わせていきます。

だから、レシート一つ、インクの出なくなったボールペン一つ、説明書一つを、捨てたり、必要なところに書き留めたり、インクを入れ替えたりが出来ないのです。

これって、何かと似ていませんか?

子供に、日常生活を教えていくときと同じなんです。

お風呂に入ること、歯磨きをすること、帰宅したら手を洗うこと。ゴミはゴミ箱に捨てること。

当たり前になるまで、何度も何度も、繰り返します。選択肢を与えることなくできるように、習慣化していきます。

それと、この小さな一つ一つの物事に対して【その場で選択をする】ということは、同じです。習慣化しなければ、選択しないことを習慣化してしまうのです。そして、選択しないことを習慣づけた結果、自分と向き合わないことを習慣づけてしまうんです。

そして、その何が怖いか?

それは、自分と向き合わないことで、他人軸を無意識に取り入れていること。

自分の人生の優先順位を自分で決められない人になること。なんです。

つまり、自分の人生なのに、なぜか他人の価値観で生きている。

だから、はじめに書いたように、部屋の中、机の上だけでなく、人生そのものに、きらめきや、清々しさが感じられないのです。

物というのは、世間や他人や自分の生活、自分の人生、価値観が詰まったものです。だから、向き合うのを後回しにしてしまうのは、それが、自分ではどうにもならない、押し付けられた物だと感じているからです。

そして、ゴミ捨てや整理はいつでもできる。今じゃなくてもいいものです。

なので、永遠に「面倒臭い」「忙しい」「時間ができたら」が、言い訳になりえます。それでもいいけど、向き合わなかったものは、そこに滞留します。そして、物だけでなく、価値観も、感情も、出来事も。

取捨選択は、自分の在りたい在り方を決定することでもあるので、選択を突きつけられると、「わからない」「とりあえず置いておく」という、<選択>をしてしまうことになる。

結果、変わらない。

変わりたい!変わる!と決意した人が、変わらないのは、こういう理屈です。

変わっていくとは、とっても地道で、地味な作業の積み重ねだから。

逆に、何も考えずに、新しく買い替えて、古いものを捨ててしまう人は、過去をなかったことにする人に多いので、部屋の中が綺麗でも、あまり実態は変わりません。

内省がないので、新しく物を買い替えても、以前と変わらない生活になり、満たされたいので買い替えをし続けます。

心機一転したつもりでも、いつも同じトラブルを抱えていたりします。

整理=自分の苦手と向き合うこと

でも、これは、苦手を減らすためにするものではありません。

苦手を知るためにすること。

そして、苦手を知ることは、知らなかった自分を知ること。

それは、とっても心が落ち着く、安心するものなのです。

次回は、【親に対する気持ちとその根深さ】についてお話しします。

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