OSブログ

2025.05.28

心の栄養管理 第16話 【親に対する気持ちとその根深さ】

心の栄養管理 第16話

みなさん、こんにちは。

心の栄養管理師、よしみ りかです。

今日は、【親に対する気持ちとその根深さ】についてお話しします。

前回、部屋の整理は選択だとお話ししました。

捨てる捨てない。行動する、行動しない。は。選択です。

ですが、生活していくためには、大人になればなるほど、人間関係が複雑になればなるほど、人や物事が増えれば増えるほど、必要になるものがあります。

それは、その時その時に応じたシステムを作ると言うことです。

例えば、子供がもらってくる学校のお知らせの紙をどう処理するのか?

その場で、携帯に打ち込むとか、カレンダーに書くとか、冷蔵庫に貼って、前の月のものは必要な部分だけ切って今月のものに貼る。とか。

レシートなら、家計簿管理するのか、面倒くさいから自分にあったアプリを使うことにするのか。とか。

人に渡すものを忘れないようにするために、玄関にそれ用の置き場所を作るとか。

その場で処理できる仕組みづくりをする。

そして、これには、物事を体系化する力が必要になってきます。

これが、論理の力でいう、抽象化の力です。

自分がどうしたいのか?どう在りたいのか?自分に続けられる行動はどんなものか?

自分と向き合って答えを出す。

そして、それを、具体的な案にして、行動する。

具体と抽象、抽象と具体を行き来する行為なんです。

そして、この行為を、小さい頃、私たちは親や先生のやり方を見て、具体的な行為(ゴミをゴミ箱に捨てない。靴を脱ぎっぱなしにする。洗濯物を溜める。もしくは逆に、どんなに小さな埃も見逃さずにすぐ掃除する。など)を見て、その抽象である在り方を学びます。

面倒くさいと思ったら、そのまま気になる限界まで放っておけばいい。とか。

いつも同じ失敗を繰り返しても、見返さなくてもいい。とか。

逆に、物事はいつも思い通りにするために臨機応変な対応はしない。

決まりは決まり。例外はない。とか。

そんな在り方を、非言語で学びます。

好きだな。嫌だな。そんな感情も、もちろんありますし、その感情をずっと覚えておけたなら、まだマシで、大抵は感情に慣れ、その行動や経験の背景にある価値観を、嫌悪感と共に(ラッキーな場合は幸福感と共に)無意識に刷り込まれます。

そして、残念なことに、嫌悪している場合は、親と同じようになることを避けたくて違う行動をしても、底にある価値観は表裏一体、親のものと全く同じなんです。

それくらい、生活を共にすることで、親兄弟から受け取るものは、自分が思っているよりずっと根深く、根強く、染み付いているものです。では、それに、自分で気づいていくには、どうしたらいいんでしょうか?

それが、いつもお話ししている「自分の好き嫌い、心地いい心地悪いを知ること」なんです。

習慣化した行為には、大抵、感情が乗っていません。そうしないと気持ち悪いとか、いつもそうしてるからとか、その程度のものです。

これ、好きでしてるのかな?

これ、心地よくてしてる?

と言う問いかけが大切です。

ここで言う、心地よさとは、やらないと気持ち悪いからやると言う心地良さではなくて、心がウキウキしているかどうか?と言う、心地よさです。

これが、好きだなー。っていう、心がホッとする感情が乗った心地よさ。

やりたいからやる。

これって、そのやりたいの背景がポジティブでも、ネガティブでも、使える言葉です。

義務感や罪悪感からの行動も、不安や恐怖からの行動も、それをしないと気持ち悪いからやる。

それをしないといられないから、やる。

つまり、やりたいからやる。行為なんです。

でも、こう言う行動を指摘されると、大抵の人はこう言います。

「やりたくはないよ。でも、仕方ないじゃん。」と。

仕方なくても、やっている以上、自分の選択である。こ

れを、自分の選択に責任を持つ、と言います。自立です。

やりたいことを真っ直ぐやる。

やりたくないことを、やりたくてやる。

この二つは、想いの原点が真逆です。

真逆だからこそ、結果として同じ行動をとっても、それに対する責任感や、結果への反応が違います。

前者は、行為の結果、嫌な現実が起こっても、自分の責任として受け止めます。そして、次に出来ることを考えます。

後者は、嫌なことをしたのに、嫌なことが起こったので、怒ります。理不尽さに。被害者になりきります。

毎日の生活、仕事、雑用、全てにおいて、こうして小さな頃から、身近な人の価値観にさらされて、私たちは成長していきます。

当たり前になっていることこそ、立ち止まって、快適不快をいま一度感じてみることが大切です。

あなたを誘導する親も、批判する教師も、世間から求められる理想像も、一旦忘れて、

【なんでもありなら?何も気にすることがなかったら?】

自分の本音を知りましょう。

本音と現状がかけ離れているなら、その二つを離している信条があります。

では、自分が本当に生きたい信条はなんでしょうか?

信条といっても、難しいことではありません。

何が心地いいと感じるのか?どんな人生を生きたいのか?どんな人で在りたいのか?

それを、一つ一つ、自分で精査する。それが、親も生まれも、全く関係のない自分で生きると言うことなのです。

そこに、それぞれの個性が、それでも存在します。面白いですよね。

親(親はまたその親から受け継いでいます)や世間から受け継いだ価値観を精査することは、時代を振り返り、選択し直すことでもあります。

次回は、これを学習につなぐ話に戻って、【自分の癖との付き合い方】についてお話しします。

CONTACT


OSアカデミアへのご相談・お申込はこちらMORE
OSアカデミア|香川県高松市扇町 無学年、国語・現代文専門塾OSアカデミア|香川県高松市扇町 無学年、国語・現代文専門塾